利用条件
- チャンネルの購読はのに限られます
- チャンネルの購読はに限られます
- チャンネルの購読はに限られます
- チャンネルの購読はに限られます
- チャンネルの閲覧には闘病女子部室へのアカウント登録/ログインが必要です
注意事項
- 購読ライセンスの期限を超えると、チャンネルを閲覧できません。購読ライセンスを新たにご購入ください
- 一度ご購入された購読ライセンスの返金はできません
これまでのご利用、誠にありがとうございました。
こんにちは。こころです。 右手足の麻痺が出始めて、なんとか生活して、かれこれ8ヶ月。 今の主治医は、麻痺で診てもらった10人目の女医さん。 神経内科の入院で出会った。 検査し尽くして、結局原因は突き止められなかったけど、先生は言ってくれたんです。 『今回検査して原因を見つけることはできませんでした。確かに麻痺はあって、脳から神経、筋肉にいたるどこかで不具合が起きてるはず。でもそれを今の医学では証明することができません。 それでも、わたしは患者が訴える限り、病気はあると考えています。』 もう1人、入院中に出会った可愛い先生も、こんなに優しい先生初めてだった。 入院初日、2時間かけて診察して、じっくり話し聞いて、ベッドサイドにしゃがんで言ってくれました。 『今まで不便で大変だったでしょう。辛かったですね』 退院するときも、 『何か不安なことはないですか?長くかかると思うけど、リハビリを続けていけばきっと治るから大丈夫ですよ』 素敵な先生だと思いませんか? わたし、こんなに心から理解してくれる、優しい先生初めてでした。 線維筋痛症の主治医も理解者ですごく信頼してるのですが、女性の先生は優しい! 線維筋痛症の主治医に入院中のことを報告したら、検査で異常ないとわかった上で、そんな風に言える医者はすごいって感激^_^; この先生たちに出会う前、いろんな病院で心無い言葉に傷ついたこともあるけれど… 今はつらくても、素敵な先生たちと出会ったから頑張れる。 今は週2回のリハビリに励んでいます。 やっぱり、長く闘病していくうえで、心から理解してくれる主治医の存在がかかせませんね(*^o^*) 出会うまでが大変で、探す道のりは険しいですが… なんですが、別の病院でいきなり入院をすすめられまして… もちろん、麻痺のことで。 さてさて、どうしよう。心がグチャグチャです。。 でもたぶん今度は入院はしない。
今日(4月13日)は一度受診したことのあった整形外科に受診して、右足関節外側側副靭帯不全で装具着用は「絶対」と言われてしまい、心因性歩行障害もあるらしく、精神神経科の主治医のいる病院の整形外科に整形外科の主治医の紹介状を持って行き、精神状態と一緒に足の状態を診る必要があるという診断でした…整形外科の主治医が病院の移動で、内科の主治医がいる病院の整形外科(一度受診したので)に行った結果、装具着用の必要性と整形外科の主治医が知らない医師にかわること、紹介状が書いて貰えないかも知れない状態で不安が増しました… でも、絶対足で歩きたいので頑張ってみます。 不安が増すだけで、楽しみがまったくない状態が嫌なので、気分転換にセルフカット(カットは自分でしないと痺れが起きてしまうので…)で髪の毛切りました※ハサミで切ることができない状態なので、ヘアカット用のクシで切りました。 ベリーショートに見えるように切りました※実際は、放熱箇所があるのでベリーショートではない状態です。 浮き沈みの激しさがいつもよりあるので、まともに文章がかけず不快な文章になってしまったら、本当にすみません…
昔から長くは生きられないだろって思ってたから死ぬことに対して怖くはない やりたい事がまだいっぱいあるし死んだ後に弟や妹が泣くのを考えたら死にたくはない 死ぬ人より残された人のが辛い でも長く生きたからいいものでもないと思ってるし短くても濃く生きるかだと思う 病んでるわけじゃないけどふと考えた
昨日(4月11日)に、神経内科の主治医からの紹介状を持ち、大きい病院の脳神経外科に受診(初診)しました。 初診での問診して、今後も細かい検査をすることも聞きました。 次回受診は4月17日で一度、一般的な「睡眠脳波」を図りおおよその癲癇の有無を調べてから24時間ビデオモニタリング検査(検査入院)の有無を考えることになりました。 先生は「心因性癲癇」の可能性を話してから「感覚過敏による癲癇発作」の可能性と「発達障害による発作」の可能性の話しも細かく話してくれて「発達障害による発作だとしたら、もっと詳しく調べるために他の大きい病院への紹介」の可能性もあることも話していました。 頭の中が混乱していますが、しっかり検査してハッキリさせた方が良いことだとも知りました。 しばらく、検査などの通院が続くようで不安だらけになってます… 今日(4月12日)は、体調不良で急きょ病院に行って来ました。 点滴2種とめまい止めの注射をしてもらい帰宅できましたが、前日の受診以外の不安があり、かなり滅入ってしまっているので辛い状態です。 家の両親は辛い顔の私を心配して、少しでも和めるようにとお話しできるぬいぐるみ〘プリモプエル〙を買ってくれたので、不安はあっても少しだけど落ち着く時もなくはない状態にはなっているのかなぁと思います…両親に感謝です。 私が一番不安を感じているのは私のことではないので、本人が一番辛いことで側にいるご家族の不安なことなので私がどうすることもできないので祈ってることしかない状態です…※家の家族以外(私にとっては家族のような大切な人)のデリケートなことなので、このような投稿にさせて頂きます。
体調の話です。 全然まとまってなくてつぶやきみたいになってます。 ちょっと弱音込み? 先週は、近所の病院の小児科に月曜、水曜、木曜と通院しました…。 前に投稿した「ちょっと嬉しくなった話」の時にも咳すごかったのですが、水曜に息を吸う度にひゅーひゅーと鳴るようになってしまい、病院に。その日は、耳鼻科にも回してもらって、鼻の治療(慢性鼻炎)もしました。しかし、木曜の昼頃、動けそうだから…と、部屋の掃除を軽くし始めたのがマズかったのか、急にひゅーひゅーというのが激しくなり、息も吸いづらい状態になってしまい、また受診しました。まるで食物アレルギー起こした時のような状態になり、怖かったです。幸い吸入とステロイド点滴でとても楽になりました。原因はまだはっきり分かっていませんが、現在アレルギー検査の結果待ちです。 処置してもらって治って、本当に感謝です。吸入した後に息が吸えるって思った時はすごく安心しました。 また、点滴入れてる間に少し元気になってきたので先生と色々お話し(真面目で楽しい雑談?)してもらいました。ありがたい…! とりあえず、アレルギー検査の結果待ってみます。
初めて投稿します。何処に投稿していいのか、ここであってるのかも分からないですが(;ω;) 名前はりんです。23歳です。今は、アルバイトを2つ掛け持ちしながら、1人暮らしをしています。 小さい頃から病気で学校にはあんまり行けずで、学生時代というものはあんまり経験してません。 一昨年は急性肝炎になって、そこから歩けなくなり杖生活だったのですが 安静にして良くなりました。 でも家族関係で上手くいかず色々あり 去年から1人暮らしを始めました。 アルバイトを昼と夜と、2つ掛け持ちしながら生活しています。 しかし、同じく去年から高熱が何度もでたり 体が凄く痛んだり 色んな病院に行きましたが 精神的なものだとか ここの科じゃないからとか たらい回しされ、 やっと今の病院で診てもらえてます。 でも薬が効かず、 最近まで痛みに耐えてきたのですが どうしようもなく痛くて 辛くて お箸も持てず、薬も開けれず 今日の受診で限界だと伝えたのですが 精神的なもので痛むからと言われて そこからの話が入ってきませんでした。 血液検査も拒否してきてしまいました。 仕事はしばらく休もうかと考えてます。 病院の帰り道、凄くしんどくて 登録してた闘病女子部を開いてみたら 皆んな戦ってるって事がわかって もう病気と戦う事から逃げようと思ってたけど 頑張ろうと思えました。 皆さんに教えてもらいながら、 私も戦いますヽ(`⌒´)ノ 長くなりましたが(;ω;) 仲良くしてくれると嬉しいです(*v.v)
セカンドオピニオンにまつわる話。愚痴も。つぶやきも。まとまりないです。心に余裕のある方の方が良いかも知れません。改行します。 そろそろ大丈夫でしょうか…? 読んでいて気分を悪くされたらごめんなさい…。また長文になります。 私は10月から、手指の関節痛に悩まされるようになりました。手は良く使う部分であり、また音楽系の部活のコンサートが近づいていて、忙しい時期を迎えていたため、かなり痛い状態でしたが、気力で強行突破しようと考えていました。 ところが、12月に入り、さらに悪化。 母が中旬に薬を貰いに行ってくれたのですが、その時に私の作ったメモを渡して、主治医がとりあえずコンサートに出れるように、痛み止め出してくれました。結局コンサートの前日に私も受診。血液検査もレントゲンも何も異常なく、年頃か、疲れかな?っていう話になりました。「昔からあなた、頑張る性格だからさ、自覚なくても疲れてるのかもね。」そう言ってもらって、正直疲弊していた私の心は、救われた気持ちになりました。親などには頑張っているとあまり思われず、自分でもまだまだいける、まだ頑張れると無理にでも思い込み、やってきたので、今も頑張っているというのを認めてもらって、嬉しかったのだと思います。またお話ししたことで、その頃抱えていた家庭の問題や自分の問題で抱えていたストレスを自覚できるように?なり、ちょっと楽になりました。 コンサート終わってからは、休部しました。1月に入っても、長引く関節痛を心配した親が、私の知らないうちに、大学病院の予約を入れていました。セカンドオピニオンみたいなものです。そこでかかってみたところ、指が曲がりすぎる(過可動)と言われ、2ヶ月色々検査して、エーラスダンロス症候群だろうって話になりました。 主治医のところにいくのは、明後日が12月以来です。この経過は話さなきゃいけないだろうなと思うのですが、なんだか気持ちが重いです…。 私は主治医(診断してくれた先生です)に感謝してるし、相性(っていうのかな?)も良くて大好きです。それから、先の記事にも書いたかもだけど、私自身はこれからも18まではこのまま小児科だったらいいなと思ってます。 だからこそ、なんか話すのが重い…。 まとまりないつぶやきでした。すみません。
明後日は行政上(?)中学生最後の日。さらにIgA血管炎の定期検診で小児科受診です。 原則15歳までの小児科ですが継続で経過観察ならば18歳までOKだそうです。 ただ、区切りの時ではあるので、今後どうするか、お話ししてくることになると思います。 いつもはあんまり緊張しないけど、なんだか緊張します…。 9歳からなのですが、経過がとっても珍しく、発症してからの経過を知っている主治医のところを離れたく無いなっていう気持ちはあります。(学校の健康診断だと、持病欄でとても慌てられます(^_^;))あとは主治医大好きなのもありますが…♡ それからもう1つ思うことがあるのですが、それはまた別記事にします。心に余裕のある方向けかも知れないです。 あ、着ていく服決めたら、部誌に投稿しようかなと思います!!
こんにちは。こころです^ ^ 今日は大学病院の神経内科の通院でした。 去年の年末に入院したときの検査結果で、まだ残ってるのがあります。 検査している病院があまりない、最近見つかったとても珍しい病気らしい。 2月に聞く予定だったのが伸びて、今日聞くはずだったのに、まだ結果出てなかったんです(>_<) 伸びて伸びて… 次は5月。 5月なんて、入院して検査してから半年後。 症状出だして1年になる。 気長に付き合っていこうと思っていたけれど… 右手足の麻痺の影響で、だんだん膝や手首の骨が変形し始めたんです。 もともと悪いのも合わせると今骨が変形しているのは、首・肩・顎・両股関節・右膝・両足首・左手首。 義肢さんに作ってもらった装具がいっぱいある。 骨が変形したら、それはもうなかなか元には戻らない。もうこれ以上、障害を残す変形を進行させたくないから… どうしても、早く検査結果わかって治療したい!って焦っちゃう。 検査の結果を待っているみなさんも、穏やかな気持ちでいられますように(*^ω^*)
今の私に複雑な心境があるらしくて(複雑な心境の自覚は少なめな気はしてますが…)服装、持ち物がピンクが減って若干服装自体が変わってます… 最近(病院通院用のカード作製した頃)気付いたのですが私の場合は精神的にストレスなどで複雑な心境になると、服装が暗めになり実生活の口調などが男性的になります… 精神性の性同一性障害が少し残っていることに気付いたのは、その状態に気付いたからです。 お母さんの運転で行ける県内の精神科では、精神性の性同一性障害の治療(精神ケア)ができる病院がないので治療もできなくて、ストレスのバロメーターにするように考えるしかない状態です。 お父さんとお母さんは状況を把握してくれますが、周りの人は急に服装や口調が変わっている私にビックリしてしまうので私は申し訳ない気持ちです…